鹿児島大学リポジトリ コンテンツ10000件目記念インタビュー企画

鹿児島大学リポジトリの公開コンテンツ数がこのほど10000件を突破しました!!

10000件目は下記の論文でした:
Chibueze, James O.; Imura, Kenji; Omodaka, Toshihiro; Handa, Toshihiro; Nagayama, Takumi; Fujisawa, Kenta; Sunada, Kazuyoshi; Nakano, Makoto; Kamezaki, Tatsuya; Yamaguchi, Yoshiyuki; Sekido, Mamoru
「Star Formation in the Molecular Cloud Associated with the Monkey Head Nebula: Sequential or Spontaneous?」(The Astrophysical journal, 762(1), 17, 2013.1)


記念に著者の一人である半田利弘先生(理工学研究科)にインタビューを行いました。


初めに、先生の研究分野について教えて頂けますか。 

 電波天文学とは、宇宙からやってくる電波を観測することにより、天体のなりたちや性質、そこで起きている現象を解明する学問です。
 一般の方には、天文学というと目で見える光で観測するイメージがあると思いますが、それは目で見える光を出している天体があるからこそで、もし、そのような天体がなければ、人間は星があることすら分かりません。宇宙には、目で見える光とは別の信号を出している天体もあり、その中には、電波を出している天体もあるのです。こうした天体が発する電波を調べることで、その温度や密度、それが何でできているかなどを調べるのが電波天文学です。こうした天体には、異なる種類のものもあります。その関係の解明も研究対象になります。

天文学者を目指した経緯などを教えて頂けますか。 

 私が小学生の頃(1960年代)には、宇宙をテーマとするテレビ番組や漫画、映画がたくさん公開されました。これらの作品から興味を持ち始め、アポロ11号の月面着陸を見たことが宇宙に強く興味を持つきっかけとなりました。しかし、電波天文学にたどり着くまでには、紆余曲折がありました。
 理系の科学者や技術者になりたいという考えは継続的に持っていましたが、子どもの頃は、科学者と技術者の区別さえついていませんでしたから。
 生まれが町工場の多い東京都大田区羽田で、身近に機械に触れる環境にありましたので、「ロケットを作りたい」、「すごい機械をつくりたい」と思っていた時もありましたし、相対性理論やコンピュータなどに傾倒していた時期もありました。
 大学では物理学を専攻し、素粒子の研究を行いました。しかし、大学院進学時にやはり宇宙について研究したいと強く思い、天文学専攻のある東京大学に進みました。その後国立天文台の非常勤研究員や東京大学の教員を経て、2010年12月より現職に就きました。鹿児島大学を希望した最大の理由は電波天文学や天の川銀河の研究において、世界有数の研究環境が整っているからです。

ご研究を進める上で学術情報、特に文献検索などは、どのようにされていますか。 

 天文学分野では評価が確立しているデータベースがあります。NASAが提供しているADS(The SAO/NASA Astrophysics Data System)です。天文学と物理学における、世界最大の文献検索ツールです。私に限らず、これを専ら利用している研究者が天文学分野では大勢を占めます。これが作られる以前は、天文系学術論文年鑑ともいうべき書籍Astronomy and Astrophysics Abstractで検索していました(現在は、廃刊)。
 もちろん、最新の論文は同業者の口コミや新着雑誌を無作為に眺めて得ることもありますが、最初から探す場合にはADSが頼りです。ADSは、天文系の学術雑誌はほぼ完全に網羅しており、著作権上の問題がない限りリンクを通じて論文全文を読むこともできますし、引用・被引用文献へのリンクもそこから張られています。1990年には既に稼働していましたから、天文学分野は他の分野に比べて、デジタル化がかなり進んでいると認識しています。
 しかしながら、初期にはADS自身がスキャンした画像で論文全体が読めたのですが、学術雑誌のデジタル化が進んでからは出版社サイトへのリンクになったため、講読権がないと読めなくなってしまいました。権利意識が高まってむしろ不便になったわけですが、近年では多くの学術雑誌が、一定の条件を満たせば全文を無料公開するようになってきているので改善しつつあると思っています。

天文学分野ではデジタル化やオープンアクセス化がかなり進んでいるのですね。図書館でも毎年、OPEN ACCESS WEEKや機関リポジトリでの活動を通して学術情報のオープンアクセス化に貢献したいと考えております。機関リポジトリについてはどのようにお考えでしょうか。 

 天文学分野では多くの出版社が出版から一定期間(おおよそ2、3年)後、論文全文を無料公開しています。また、論文投稿料を余分に払うとオープンアクセスにできる出版社も増えています。一定のオープンアクセスは実現されているため、この分野の研究者という立場でいうと、現状では機関リポジトリにかける労力とコストに見合った効用があるのか懸念を持っています。

出版社が出版から一定期間後に論文全文を無料公開する例が多いということですが、無料公開されるまでの間の、論文へのアクセス状況はいかがですか。 

 天文学分野でメジャーな学術雑誌は、
 1. The Astrophysical Journal, 2. The Astronomical Journal, 3.Monthly notices of the Royal Astronomical Society, 4.Astronomy and astrophysics : a European journal, 5. Publications of the Astronomical Society of Japanなどです。これにNatureを加えると、世界から取り残されるという心配はせずに済みます。学部や大学全体で購読し電子版へのアクセス権を持っていれば、電子化されているので検索・閲覧は大変便利です。大学院生時代には大量のコピーをファイルに綴じて書棚に並べていたものですが、その都度検索したり、PDFで保存したりするようになったので、数年前に全て廃棄してしまいました。ただし、研究費削減の煽りで雑誌購読費が削減対象になりつつあり、鹿児島大学でも読めない雑誌はかなりあります。
 その際に利用するのがarXivです。その中の、Astrophysicsのカテゴリーを俗にAstro-phと呼んでいます。これは、いわゆるプレプリント・サーバーで、著者が自身の論文をアップロードし、無料公開できます。こちらも1990年代から使われています。近年は天文・物理以外の分野でも普及が進んでいます。著者の責任でアップロードするため、出版社のサイトで公開される版とは体裁が異なりますし、厳密に言うと出版社版と内容が完全に一致するとは言えない点もありますので、信頼性は多少落ちます。しかし、手っ取り早く論文を読むには大変有効なサイトです。ADSは出版社サイトだけでなく、このarXivにもリンクを張っています。
そういった意味では天文学分野は他の分野に比べて非常に学術情報の収集がしやすいといえるかもしれません。

分野ごとにまとまったアーカイブの利点もありますが、機関リポジトリには、アクセス障壁のある雑誌掲載論文等を無料公開することで、より多くの人に研究成果が読まれる利点や大学の研究成果を集約して一般に広く発信するとともに、大学における教育活動の可視性を高めることによって、社会的責任を果たすという目的もあると考えています。 

 大学の研究成果の発信には、機関リポジトリが有効だと思います。ただ、天文学分野では内容によって掲載媒体を区別していて、大学の紀要には、例えば何かの装置を作成した際に、そのマニュアルを掲載するといった例や膨大な基礎データを掲載するのに論文掲載料が捻出できないなどの場合の利用が殆どで、主要な研究成果は国際的な学術雑誌に投稿するのが基本です。ですから、ADSのように自分ではほとんど論文データを保持せずに雑誌へのポータルサイトとなっているだけでも十分に価値を持つわけです。
 自然科学系では、もともと、学術論文を雑誌に掲載する際には掲載料や投稿料を著者側が支払っているのが普通です。しかも、論文は読まれてこそ価値が出るという意識が高いので、料金(APC: Article Processing Charge)を支払ってでもオープンアクセスにする例が最近では増えてきています。これとは異なる文化の学問分野も多いと思うので、情報発信や情報公開の点で同じ効果を生むためにはどんな経費負担が妥当なのか関係者が検討し、支払い形式にとらわれない、お互いにメリットを見出せるやり方が見つかると良いなぁと思います。
 大学が機関リポジトリを構築・運営することが組織として大事であることは理解できますが、個々の研究者にとって利益を感じられないまま負担増となるようだと、継続的・効果的に進めるのは難しいのではと感じます。例えば、論文を投稿した際に、投稿料支払いの事務手続きを行うことも多いので、その際に、自動的にリポジトリに連絡が行くような制度が整備されると、全体の負担も少なく、効率的に話が進むように思います。
読者としては、我々の分野では、同一研究機関内での研究成果よりも、世界での同じ分野の研究成果の方がずっと関心も利用頻度も高いので、これと機関リポジトリという考え方との関係をどうするのかが一番重要だと思います。もちろん、ADSやAstro-phに匹敵する新しいデータサービスを鹿児島大学が世界に先駆けて実現するというのが理想ですが(学術研究分野でやるなら、それを目指すべきですよね)、類似のことを後追いで始めても、労が多いばかりに終わると思います。ですので、全く異なった発想での整備を考えるのが良いと思います。例えば、大学内での研究活動を分野外の人にもよくわかるようにするという発想からスタートすると、学内での新しい共同研究を模索する際に有効かも知れません。あるいは、教育に有効に使える資料の共有なども効果的かも知れません。いずれにせよ、どうせやるなら、他では実現できない機能というのが欲しいですね。
図書館コメント:
 機関リポジトリは論文ファイルをただ登録するのではなく、全国的な組織で書誌情報(メタデータ)のフォーマットが標準化されています。これにより他のデータベースからハーベストされやすくなる(=論文が読まれやすくなる)という利点があるのですが、先生もご指摘のとおり、分野によっては機関リポジトリよりもオープンアクセス化が進んでいるようですので、システムとして標準化しておくべき部分はより充実させつつ、大学の研究の実情にあわせた機関リポジトリの新しいサービスのあり方、というものも今後考えていかなければなりませんね。
 また機関リポジトリは、論文はもとより、学内の共同研究の成果物や講義資料・記録などの教育資料も登録対象コンテンツとしています。
 また、ここ数年、研究者が料金(APC)を支払って掲載論文をオープンアクセスにする例が非常に増えてきていますが、図書館としてその実態を把握しきれていないのが現状です。全国的にも図書館としてそのような実態調査をしようという動きになってきています。

機関リポジトリには、Googleなどのサーチエンジンからのアクセスが増えたり、専門の研究者だけでなく、一般の読者にも広く読まれる読者層の拡大というメリットもありますが、その点はどうお考えですか。 

 学術論文は研究者に読まれることを前提に書いています。残念ながら天文学分野では学術論文を読んで理解するための前提知識や概念がかなり要求されるので、一般の方が読んですぐ理解できるものにはなっていません。また、国際的に流通させるために、原則として英文で書かれることも一般市民にはなじみにくいと思います。
 一方で、これを補うという意味でも、一般の方向けの解説書や雑誌記事が多くの研究者の手によって和文で数多く書かれています。
 このように、天文学分野では、専門家向けと一般の方向けでメディアの住み分けがなされており、効果も上げているので、リポジトリによってこの分野の一般の読者が増えることは期待できないと思います。

著者稿であれば、一定期間を待たずに機関リポジトリでの公開を許可している学会や出版社もあります。それについてはどう思われますか。 

 先ほど、申し上げたarXivというプレプリント・サーバーがすでにありますので、天文学分野の研究者からすると読者としてのメリットはあまり感じられませんが、読む人が見つけやすい等の利点があるのなら、機関リポジトリの利用も増えると思います。

学術雑誌に投稿された論文の著者稿はお手元に残されていますか。今後、著者稿を機関リポジトリで公開できる場合、提供していただくことは可能でしょうか。 

 一応、残してはいますが、何度も改版しているのでそれが最終稿か分からなくなることもあります。ただ、機関リポジトリでの情報公開の意義は理解出来ますし、登録するにあたってこちらで特に労力がいらないとのことなので、問題ありません。今後、論文を投稿する際は図書館にも著者稿を提供するようにしたいと思います。その際は、登録をよろしくお願いします。

先ほど、一般の方向けの活動のお話がありました。これに関しては、最近、新聞やインターネット、書籍等で頻繁にお名前を拝見しますが、講演会も含め積極的に情報発信の活動をされていらっしゃるようですね。 

 もともと自分がこの分野に興味を持ったきっかけが、博物館やプラネタリウムなどの影響だと思っていますので、それを次の世代に伝えていくことは大事だと思っています。もちろん、本業の研究が優先ですが、機会をいただく限りはなるべく積極的に活動しています。

今年度より、学位規則改正に伴い、博士論文の機関リポジトリでのインターネット公表が原則義務化されることになりました。それについてはいかがでしょうか。 

 理工学分野では、博士論文は学術雑誌掲載論文を含むことが条件です。ですので、著作権など、クリアすべき問題があります。研究科でも色々と検討していますが、私の所属する日本天文学会でも学術雑誌を発行している関係から、できる限り手続きを簡潔にするためには、どうするべきか議論が進んでいます。
図書館コメント:
 今年度始まったばかりですし、先生方と情報共有をさせていただきたいと思っております。



☆インタビューを終えて 

 先生のご研究に関する大変興味深いお話に始まり、天文学分野におけるオープンアクセスについての状況やお考え、また多岐に渡って研究者としての率直なご意見をお聞きすることができました。私たちも機関リポジトリやオープンアクセスについて、改めて考える良い機会をいただきました。ありがとうございました。
 ※この記事は2013年7月29日(月)に行ったインタビューを元に構成しました。