2014年10月20-26日のオープンアクセスウィークに際し、本村浩之先生(総合研究博物館)に行ったインタビューを公開します。
なお同内容をもとに2枚のポスターを製作し、オープンアクセス期間中、中央図書館に展示しました。
専門分野について
先生のご専門である魚類分類学について、概要をお話しいただけますか。
魚類分類学というのは、魚類を対象として進化や分類、系統、生物地理などを研究する学問です。みなさんは魚を名前で呼びますね。その名前を付けるのも魚類分類学者の仕事です。魚の名前には学名や和名などいくつもの種類があります。学名は全世界共通の名前で、和名は日本だけで使われます。名前と形(形態)を対応させるというのが研究の基礎にあって、その上で様々な魚がどう進化してきたか、その道筋やメカニズムを探るのが分類学の主な目的です。海や川はつながっていますが、各水域で異なる種の魚がいます。フィールド調査によって水域ごとに出現する種の標本に基づくリスト作り、その結果を解析して分析する生物地理学的研究も分類学の主な研究課題の一つです。
分類学はフィールド学と文献学といっても過言ではありません。私は図書館に文献請求する際に、「なぜこんな古いのが必要なのですか?」とよく聞かれます。しかし、1700年代からの文献を調査しないと分類学的な結論をだすことができないのです。というのは、国際動物命名規約というルールがあって、魚の名前は古いものが有効なのです。例えば新種らしき魚をみつけた時に、似た種と比較して形態的な相違を明かにした上で、新しく名前を付けます。その時に過去に提唱された名前とその時に使用された標本を調べて違うことを証明しなくてはいけません。そのために大航海時代の文献を読まなければいけないし、その当時の標本(例えばダーウィンが採集した魚の標本が大英博物館に残っています)も全部調べなければなりません。「鹿児島で新種を見つけました!」といっても、全世界の似た種と比べ、大航海時代からの文献や当時の標本を調べ、雌雄の差や成長に伴う形態の変化まで把握しなければなりません。新種の数より、それを研究する人の数の方が少ないのが現状です。
オーストラリア博物館にいらしたと伺っております。そちらの方でもそういう研究をされていたのですか。
はい。オーストラリアでも先にお話ししたような魚類の分類学的研究をしていました。研究内容は魚に興味がない人にとって面白くもなんともないと思うかもしれませんが、命名という点では全世界の人に影響を与えます。例えば、研究者が自分の論文で生き物を扱う時に書く学名を決めるのも我々分類学者の仕事ですし、絶滅危惧種を一覧にしたレッドリストへの掲載査定も我々の仕事です。スーパーマーケットに流通している鮮魚にマアジやマダイなどと書いてありますよね。こういう形態の魚がこういう名前だと対応付けられているのも過去の分類学者の仕事のおかげです。皆さんにより身近なものでは、テレビに魚の映像が出てきた時に画面に種名のテロップが出ますね。そういう魚の同定作業も多く場合、分類学者がやっています。
名前を付ける時、ルールやコツはあるのでしょうか。アツヒメサンゴカサゴとか、フリソデカサゴとか、おしゃれな名前がありますね。
差別用語は駄目ですが、何の名前にするかは研究者の裁量にかかっています。私自身これまでに50種に新和名を提唱し、新種を45種ほど発見して学名を付けましたが、一押しはシラユキカサゴです。この魚は世界で七個体しか発見されておらず、とても小さい魚で、赤い尾びれがアルコールに浸けると白くなります。小さくて、七匹で、白い・・・白雪姫を連想して名付けました。今、和名に関して面白い取組をしています。私の授業でレポートの課題として学生に魚の名前を提案してもらっています。レポートで新和名の候補を挙げてもらうのですが、一昨年は実際に2人が提案した名前が選ばれました。和名提唱論文の辞に学生の名前を入れて、メールで知らせてあげました。
文献調査について
先ほど、魚類分類学は文献学でありフィールド学だとおっしゃいました。フィールドワークと文献調査、割合的にはいかほどですか?
どちらが欠けてもいけません。両方とも重要です。文献の方は、基本的に図書館にお願いして取り寄せてもらいますが、古い文献はフランスやイギリスの国立図書館にしかないのが多く、そういう世界に一冊あるいは数冊しかないような古文書は直接行って書き写します。そういう意味で文献集めは非常に大変です。また、英語以外にラテン語やフランス語、オランダ語、ドイツ語、イタリア語の文献も読む必要がありますので、語学力は必須です。一方、フィールド調査は頭より体力勝負です。
文献調査などで、データベースや雑誌はどういったものをよく使われていますか?
古文書に関してはシリーズものでなかったり、大航海時代に書かれた日記まで含まれますので、一つのデータベース上で見る、どの雑誌を見る、ということはありません。各古文書の所在を把握するために個別に歴史を勉強していく必要があります。
研究活動とオープンアクセス
先生が編集委員をされている日本魚類学会や日本動物分類学会の学会誌のことについてお聞かせください。この雑誌の論文はオープンアクセスではあるものの、エンバーゴが掛かっていて、雑誌に載った論文をある時期が来たら無料で公開ということになっています。
今、2~3年が主流ですね。多くの雑誌は、2~3年たったら掲載論文がオープンアクセスになるのですが、一部の雑誌は、「2~3年たったらオープンにしてもいいですよ」という許可を出しているにすぎません。結局このような場合、一般の人は見ることができないわけです。そういう意味で、鹿大のリポジトリに各著者が論文を登録してくれると、誰でも見ることができて便利です。もう一つ重要なのは、リポジトリ公開することによって研究者以外の一般の人も論文を読むことができるという点です。研究者なら公開されていない論文でも様々な方法によって手に入れることは比較的容易です。しかし、一般市民や中高校生は全く駄目ですよね。ネットで検索してPDFが得られなければ、もう手に入れることができません。私ところには一日二千件くらいのメールが世界中から来ますが、中高校生からの問い合わせも多く含まれています。内容は私の論文を読んで、ここが知りたいとか。欧米諸国では中高校生でも専門の論文を読んで、疑問に思ったことを著者に直接メールで尋ねてきます。それが普通なのですが、日本の中高校生は語学力のハンデを差し引いても好奇心や興味のレベルが低いと感じてしまいます。
直接論文の著者に聞いてもいいのかな、というのもあるのではないですか。
日本らしい謙虚さというか、よくない意味でシャイな性格が要因かもしれません。リポジトリの重要性は、研究者のためというよりは、一般の市民が見られるということ、私はそちらの方が大きいと思います。私は研究の副産物として魚の図鑑を作成しリポジトリで公開しています。今、鹿児島大学では、島嶼の調査や研究をいろいろやっています。でも島の人からすれば、意識的、無意識的に「研究者は勝手に来て、データ取って帰っている」と思っているでしょう。要するに自分たちの故郷を荒らされているだけですよね。では地域貢献、地域への還元をしましょう!ということで、例えば研究成果を一般向けの本にまとめて出版する。ところが島の人の手には渡らないのです。販売したとしても、買えない人も多いですよね。また地域貢献って、興味がない人にも知ってもらいたいでしょう。魚に興味ない人がお金を出して魚の図鑑を買うかというと買わないのです。そこで、リポジトリに登録してネットで公開すれば、みんなが自由にダウンロードできます。この間与論へ行ってきたのですが、島民は我々が出版した「与論島の魚類図鑑」をリポジトリからダウンロードしてスマホにPDFを入れていました。子どもでもみんな、釣った魚を調べていたり、食卓にあがった魚を調べたり、そんな使い方ができるのです。
また、世界で初めての魚類の標本作りのマニュアルの日本語版と英語版を出版したのですが、それらも鹿大のリポジトリに登録させてもらいました。著作権フリーで自由にダウンロード、プリントして使用を許可しています。そのおかげで、印刷された本が手に入らない人、博物館実習など学芸員資格取得コースの学生、外国の博物館学芸員などがみんなテキストとして使ってくれています。無料で自由にダウンロードできることがリポジトリの大きなメリットですね。
先生が文献を調査される過程で、よその大学のものでも良いのですが、機関リポジトリに掲載されている論文を見るケースはありますか。
はい、よくあります。すべての論文がリポジトリに掲載されているわけではありませんが、1本でも関連する最新論文がヒットすれば孫引きで必要な論文を知ることができるので、とても便利です。
本村教授からのメッセージ
機関リポジトリ又は図書館全体に対して、何かご意見・ご要望がありましたらお聞かせください。
図書館に対してはとても満足しています。図書や文献以外でも博物館のイベントとして図書館のギャラリーを利用させて頂いています。しいて言えば、公費で洋書を安く買うことができるようになればうれしいです。図書館に頼むと古本は買えないし、Amazonなどで安く売っている本も業者をとおして正規の値段で購入しなければなりませんので。
最後になりましたが、鹿大の後輩の研究者や学生に向けて、先生から何かメッセージまたはアドバイスを頂けますか。
最近の多くの学生が本を読まないことが心配です。特に今の携帯世代は書く文章も一行ですし、長い複雑な文章を書くことができない。やはり図書館をもっと利用して、読書して欲しいですね。本には、著者が必死で調べたことやその人生が書いてあります。それを数時間の読書で経験できる、あるいは知識を得ることができるわけです。読書によって文章解読力も作文能力もあがります。例えばシンガポール大学へ行くと、9割の学生が食事中に本を読み、移動中も本を読んでいます。日本では、生協食堂で読書しながら食事をしている学生は皆無です。先日は、食堂で学生が4人で食事をしていましたが、会話はなく、4人ともずっとスマホをいじっていました。
私は平均すると1日1冊のペースで本を読んでいます。普段本を読んでいると、自分で日本語を書く時もすらすら書けます。数週間本を読まないと、文章の執筆時間が長くなってしまいます。英語もそうです。1か月使わないと遅くなってしまいます。だから本も「読みました」ではなくて、学生には常に読み続けて欲しいと思います。
☆インタビューを終えて
ご専門についての大変引き込まれるお話から、オープンアクセスをめぐる研究者としての率直なご意見・ご感想、後輩へのメッセージに至るまで、意義深く拝聴しました。
学術情報流通について考えるよい機会になりました。
本村先生、誠にありがとうございました。
※この記事は2014年9月10日(水)に行ったインタビューをもとに構成しております。