インタビューに応えてくださったのは、医歯学総合研究科 先進治療科学専攻 腫瘍学講座 人体がん病理学の米澤傑教授、東美智代准教授、横山勢也助教。約1時間半、オープンアクセスについてを始めとする様々なお話を伺いました。
医学分野におけるオープンアクセス
論文をオープンアクセスにするためには、(1)研究成果を、無料公開の電子ジャーナルに発表する、(2)有料の学術誌への研究成果掲載に併せて、大学・学術団体の運営するアクセスフリーのウェブサイトでも公開する、という2つの方法があります。先生方はご論文をPLOS ONEで出版される *1 *2 など、前者の方法で研究成果を広く公開されていますね。
米澤先生: つい最近も、採択された論文 *3 を、Springer社に料金(Article Processing Charge(APC)) *4 を支払ってオープンアクセスにする手続きをしたところです。
横山先生: BMC Cancer掲載論文 *5 も料金を支払ってオープンアクセスにしました。
病理学教室では、研究成果のオープンアクセスを推奨していらっしゃるのでしょうか?
東先生: 学会誌だと、学会員にしかアクセスを認めていないものも多くありますね。
米澤先生: 論文は読んでもらわないと意味がありませんので、できるだけオープンアクセスにするようにしています。ただ、オープンアクセスにできる雑誌とできない雑誌とがあるようですが。
横山先生: しかし多くの雑誌がオープンアクセスに対応していますね。
米澤先生: 医学系はオープンアクセスが進んでいますね。
PMC(旧名PubMed? Central)*6 の例もありますね。
PLOS ONE
従来から定評のある雑誌と、PLOS ONEとの違いをどのように捉えていらっしゃいますか?
米澤先生: もちろん常に高評価の雑誌(インパクトファクターの高い雑誌)への掲載を念頭に仕事をしていますが、例えば三大誌(Nature, Science, Cell)に掲載されるような成果というのはそうそう頻繁に出るものではありません。執筆した論文を自分で位置付けた上で、投稿先を決めています。しかしPLOS ONEの査読もかなり厳しいです。
横山先生: PLOS ONEでは、discussionがメインではなく、方法と結果が重要視されています。今後は一層厳しくなり、アクセプト率も低下するのではないでしょうか。
東先生: PLOS ONEは投稿から出版までのスピードが大変速いです。査読は厳密に2週間、結果が返ってくるまで約1カ月といったところです。雑誌によっては、投稿から結果が返ってくるまで4~5カ月かかりますが、それではスピードが遅いと感じます。
米澤先生: 医学分野では、ほとんどの雑誌が査読にかける期間を2週間と決めており、PLOS ONEだけが飛び抜けて短いわけではありません。しかし、厳密に守られているところばかりでもないのに対して、PLOS ONEではかなり厳密に運用されているようです。
横山先生: オンライン出版されるまでの時間も短いですね。
米澤先生: 投稿先については、海外の研究者と共同で執筆した論文の場合、相手と相談することもあります。
海外では、助成を受けた研究の成果はオープンアクセスを義務付ける政策も進んできていますね。
APC
APCの支払い額はどの位ですか?
米澤先生: 今までの例だと、日本円で10~20万円程度です。このくらいの負担があっても、論文を多くの方に読んで頂けるようにした方がよいと考えています。
APCの支払いは、共同研究者がいる場合はどなたが負担されるのでしょうか?
横山先生: Corresponding Authorが支払いの手続きをしますが、負担は公の研究費からです。
財源は?
米澤先生: 科研費が主です。奨学寄附金から支払うこともあります。校費から支払ったことはありません。
著者支払型のオープンアクセスジャーナルへの投稿が増えていくと負担が増すということは考えられますか?
横山先生: うれしい悲鳴ですね。多くの研究実績が上がることで、それに応じた新たな研究資金の獲得につながり、良い循環ができると考えています。
オープンアクセスジャーナルの中には、高額のAPC(例:Cell ReportsのAPCは$5000(USD))を設定しているものもありますがどう思われますか? *7
横山先生: 例に挙がったCell ReportsはCellというブランド力があり、その出版物に掲載されたという実績の欲しい研究者にとって魅力はあるかと思います。支払う金額は20万円位までが妥当のようには思いますが、少々高くてもアクセプトされた喜びの方が勝ることもあるかもしれません。このようなオープンアクセスジャーナルの情報は、若手研究者にも重要だと思います。
東先生・米澤先生: オープンアクセスジャーナルのない頃にかかっていた費用は、カラー印刷代や論文別刷り代ですね。加えて論文別刷り請求に対処する郵送代もかかっていましたが。
東先生: 自分の学位論文は、別刷り代が10万円弱、カラー印刷代が20万円強でした。
米澤先生: ちなみに、自分達の原著論文の図版を別の総説論文に使用する際に支払う転載料が約30万円かかったことがありましたが、予想を超える高額でした。
横山先生: インパクトファクターの高い雑誌に論文が掲載されても、誰もがアクセスできるのでなければ意味がありません。読まれて引用されることが重要であり、そのためにはオープンアクセスである方が優位だと考えています。
米澤先生: 論文の流通もそうですが、投稿についてもこの10年ほどで、かなりオンライン化が進んでいます。まだ、例えば生データをCDで郵送しなければならない、といった雑誌もありますが、投稿方法に不便さを感じる場合は投稿先を変更することもあります。
米澤先生: 研究成果の発表の順番は分野によって違うかもしれませんが、私たちの医学系の分野では、まず特許取得の可能性を考え、次に論文出版を行い、論文出版の目途がついたところで学会発表、の順です。
東先生: 特許取得の対象になるかどうか、知財担当部署で調査してもらいます。例えば、疾患の診断あるいは治療選択に有効な抗体の組み合わせも特許取得の対象になるのだそうです。
リポジトリによるオープンアクセス
先程、論文が読まれて引用されることが重要であること、そのためにオープンアクセスであることは優位であることを言われていました。著者支払型のオープンアクセスジャーナルではAPCを支払ってオープンアクセスを実現します。それに対し、リポジトリでは有料の学術誌への研究成果掲載に併せて主に著者最終稿をリポジトリに掲載してオープンアクセスを実現しています。出版社に著作権を譲渡している場合でも、Elsevier, Springer, Blackwellを含む多くの出版社は、著者が論文を所属機関のサーバから無料で公開することを認めています。 *8
横山先生: リポジトリに登録されている著者稿を読むこともありますが、出版用のレイアウトがされていないとやや読みづらく感じます。ただ、無料で研究成果を公開できる場として、リポジトリは大変有効だと思います。
オープンアクセスに対応していない雑誌もまだ多数あり、そのような雑誌に掲載された鹿児島大学の成果をリポジトリで公開できれば、意義のあることだと考えています。
米澤先生: 様々な方法でオープンにしていき、研究成果を広めることはよいことだと思います。読んで欲しくて論文を書いているのですから。
横山先生: 自分の研究成果が広まってゆくことを嫌がる人はいないと思います。
東先生: 著者や図書館に問い合わせる必要がある文献と、オンラインで誰でも利用できる文献とであれば、後者の方がアクセス障壁が低く利用が増加するのではないでしょうか。
著者稿は保存していらっしゃいますか?
米澤先生・東先生・横山先生: データも含めすべて保存しています。
リポジトリに登録されている米澤先生のコンテンツでは、科研報告書は特にアクセスが多いようです。
東先生: 科研報告書が日本語で書かれていることも影響しているかもしれませんね。ある分野を概観するには日本語文献の方が負担が少ないですから。
米澤先生: オリジナルの論文は英語で書きますが、それを日本語でわかりやすく書いた総説等が国内の雑誌に掲載され、それによって研究成果が国内に広く普及していきます。このような総説等がオープンアクセスになると良いですね。
最近の学術情報流通の傾向をめぐって
最近では論文に付随するデータを再利用できるようにしようという動きが出てきていますが、この点に関してはどのように感じていらっしゃいますか?
東先生・横山先生: 生データがあると、引用をする際には便利かもしれません。
横山先生: データリポジトリは、申請書を書く際などにデータだけ検索したい場合には便利かもしれません。
PLOS ONEでは、論文の影響度に関する情報を幅広く提供しており、従来のアクセス数や引用数のほか、ソーシャルネットワーク、ブログ等での反応も含んでいます。これについてはどのように思われますか?
横山先生: アクセス数や引用数は気になりますが、ソーシャルネットワークでの反応は気になりません。文献の最新情報も、twitterやFacebookを情報源とすることはなく、RSSリーダー *9 にキーワードを登録して収集しています。分野のホットな領域を知るにはソーシャルネットワークサービスも有用だと思います。
東先生: 文献情報を収集し読みたい文献があっても、マイナーな雑誌に掲載されていたり年代の古い文献だったりするとオンライン入手は難しいです。2000年代に入ると比較的オンライン入手しやすくなりますが。
横山先生: 大学が購読している電子ジャーナルに学外からアクセスする時にはリモートアクセスをしています。
米澤先生: 学会出張の際に文献にアクセスしたいことも多いですから、学外からアクセスできたらいいのですが。
他機関では、学術認証フェデレーション(学認) *10 を利用しているところもあります。
ネガティブな結果をオープンにしようという動きについてはどのように考えていらっしゃいますか?
横山先生: ネガティブな結果だけを集めた雑誌もありますね。しかし、新しくメソッドを組み立てる時には成功例を踏襲することがほとんどで、失敗例から条件検討することはないと思います。
米澤先生: 例えば臨床病理学的研究でポジティブな結果を言うには症例数が200例で足りても、ネガティブな結果を言うには200例では不足していると思われ、例えば1000例くらいは必要だと思います。ネガティブな結果を出すには相応のサンプル数、努力が必要です。
横山先生: 「~ではない」ことの証明は「~である」ことの証明よりも難しいですから。実験の失敗例は、研究室内で細かな情報共有を日頃からしています。あると便利だと思うのは実験に用いるキットの評価についての情報です。
東先生: ペーパーにはならない情報ですね。
オープンアクセスの今後
横山先生: 先日、ノーベル医学・生理学賞の受賞が決まった山中伸弥先生は、投稿先の選択に際して、雑誌の名前ではなく、研究成果ができるだけ早く公開されることも条件とされているそうです。
東先生: 読みたい文献があってもアクセスできなかったら他の文献をあたります。
横山先生: 刊行されてから1年経過するとオープンになる文献もありますが、情報としては古くなってしまいます。優先して読む文献は、重要な論文であれば別ですが、1年経過してオープンになった文献よりも、オープンな文献で最新の情報を選択しています。
米澤先生: オープンアクセスは今後も伸びそうですね。
インタビューを終えて
オープンアクセスについてのお話はもちろん、最近の学術情報流通をめぐってもたくさんのお話を伺うことができました。論文は読まれてこそのもの、と力強く何度もおっしゃっていたことが大変印象的でした。ありがとうございました。
※この記事は2012年10月22日(月)に行ったインタビューを元に構成しました。
※なお、本記事中に登場するオープンアクセス出版社PLOSは、SPARC、オープンアクセス学術出版協会(OASPA)と共同で、オープンアクセスの程度が分かるガイドブック"HowOpenIsIt?"を今年のオープンアクセスウィーク直前に公開しています。
*4 Article Processing Feeとも言う。
*8 参考 : 著作権について
*9 Webサイトを巡回してRSS/Atom形式の更新情報を受信し、リンク一覧の形で表示するソフトウェア。(IT用語辞典による:http://e-words.jp/w/RSS%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%80%E3%83%BC.html