@article{oai:ir.kagoshima-u.ac.jp:00016626, author = {新名, 隆志}, journal = {鹿児島大学教育学部研究紀要. 人文・社会科学編, Bulletin of the Faculty of Education, Kagoshima University. Cultural and social science}, month = {Mar}, note = {本稿の一つの目的は,自由意志の哲学におけるニーチェの位置づけという問題に一つの答えを与えることである。本稿では,いくつかの可能な解釈的立場を代表するものとして,ジームス,ライター,スネルソンの解釈を検討する。本稿はニーチェを非両立論に位置づける点でライターの立場に近いが,ライターの両立論批判についてはその不適切さを批判し,また,彼以上に非両立論的解釈の論拠を明確化する。ニーチェは,自由意志の哲学における「究極性論証」と同様の議論を提示しており,これこそが,彼を自由意志と道徳的責任の懐疑論者と解釈しうる最大の論拠である。  さらに本稿は,ニーチェがこのような懐疑論者でありながらなお肯定的に語る「責任」とは何かについて,『道徳の系譜学』 第二論文の良心論に依拠してこれまで以上に明確な解釈を提示する。この「責任」とは,自分の意志するものを意志しうるようになった自律的個人が,自分の意志するものにコミットすること,そのように自分に約束すること,このことにおいて自分の「良心」をもつことを意味する。それは賞罰責任としての道徳的責任とは全く異なり,道徳の軛を逃れた「主権的個人」において初めて可能となる,非道徳化された責任である。}, pages = {79--101}, title = {ニーチェにおける自由と責任 : 彼はそれらの何を否定し,何を肯定したのか}, volume = {74}, year = {2023} }